無意識の差別的言動(マイクロアグレッション)への気づきと、心理的安全性を高める対話の勘所
はじめに
日々の業務において、マネージャーとして部下とのコミュニケーションに心を配ることは、チームの生産性や心理的安全性を高める上で不可欠です。しかし、「良かれと思って言った一言が、意図せず相手を傷つけてしまっていないか」「ハラスメント研修は受けたものの、現場の具体的な言動にどう活かせば良いのか」といった漠然とした不安を抱える方もいらっしゃるのではないでしょうか。
本記事では、特に「無意識の差別的言動(マイクロアグレッション)」に焦点を当てます。これは、悪意がなくても、受け手にとっては不快感や疎外感を与え、結果としてチームの心理的安全性を損ねる可能性のある言動を指します。このマイクロアグレッションに気づき、それを未然に防ぎ、あるいは適切に対処することで、より建設的で共生的な対話の場を築くための実践的なヒントを提供いたします。
マイクロアグレッションとは何か
マイクロアグレッションとは、特定の属性(性別、人種、年齢、性的指向、出身など)を持つ人々に対し、無意識的かつ日常的に行われる、軽微ではあるが侮辱的、否定的なメッセージを含む言動や態度を指します。これらは、発言者に悪意がない場合や、むしろ褒めているつもりであっても、受け手にとっては差別的な意味合いとして捉えられる可能性があります。
例えば、以下のような職場の会話がマイクロアグレッションに該当することがあります。
- 「〇〇さん、女性なのに論理的で素晴らしいですね」
- 「若いのに、こんな難しい仕事もこなせるなんてすごいですね」
- 「留学経験があるから英語は得意でしょう?これもお願いできますか」
- 「Aさんは真面目だから、きっと飲み会には参加しないタイプですよね」
これらの発言は、一見するとポジティブな評価や期待のように聞こえるかもしれません。しかし、「女性なのに」「若いのに」といった表現は、性別や年齢に基づくステレオタイプを前提としており、それが満たされないことを通常の状態として示唆しています。また、特定の属性から能力を安易に推測したり、個人の興味関心を決めつけたりする言動も、受け手にとっては自身のアイデンティティを否定されたり、不当なプレッシャーを感じたりする原因となり得ます。
マイクロアグレッションが厄介なのは、その発言が些細であるため、指摘しづらく、受け手が我慢を強いられることが多い点です。積み重なることで、職場の心理的安全性が損なわれ、部下のエンゲージメント低下や離職につながる可能性もございます。
なぜマイクロアグレッションに気づきにくいのか
マネージャーが自身のマイクロアグレッションに気づきにくい原因はいくつか考えられます。
- 発信者側の無自覚: 多くの場合、発言者には悪意がありません。褒めているつもり、あるいは一般的な事実を述べたに過ぎないと考えているため、自身の言動が相手を傷つけている可能性に思い至りません。
- 受け手側の指摘の困難さ: マイクロアグレッションは、ハラスメントのように明確な意図や行為を伴わないため、受け手は「気のせいかもしれない」「大袈裟だと思われるかもしれない」と感じ、指摘を躊躇しがちです。これにより、発信者が自身の言動を改善する機会が失われます。
- 「当たり前」の前提への疑問の欠如: 私たちはそれぞれが育った環境や文化、経験に基づき、「当たり前」の基準を持っています。自身の「当たり前」が唯一の基準であると無意識に思い込んでいる場合、異なる背景を持つ人々の価値観や感じ方に気づきにくくなります。
これらの要因により、マイクロアグレッションは職場のあちらこちらで発生し、気づかれないまま組織に根深く影響を及ぼしてしまうことがあります。
心理的安全性を高める対話の勘所
では、マネージャーとしてどのように自身のマイクロアグレッションに気づき、それを減らし、心理的安全性の高い対話環境を築いていけば良いのでしょうか。ここでは3つの勘所をご紹介します。
1. 相手の経験に関心を持つ「好奇心」
決めつけの背景には、相手への理解不足があります。特定の属性で相手を判断するのではなく、一人ひとりの個性や経験に純粋な好奇心を持つことが重要です。
- 具体的な問いかけ例:
- 「それはどういう意味ですか?」
- 「もう少し詳しく教えていただけますか?」
- 「そのように考えるのは、何か背景があるのでしょうか?」
相手の言葉の裏にある感情や意図、あるいは自身の経験を尋ねることで、固定観念を排し、真の理解を深めることができます。これにより、無意識の偏見に基づく決めつけの発言を減らすことにつながります。
2. 自分の発言を「事実と解釈」に分けて振り返る「メタ認知」
自身の発言や思考を客観的に捉え直す「メタ認知」の習慣は、マイクロアグレッションの防止に極めて有効です。
- 例:
- 「Aさんはやる気がない」と感じた場合 → 事実: 「Aさんは納期に遅れることが多い」「会議中の発言が少ない」。解釈: 「もしかしたらやる気がないのかもしれない」
- この解釈が、Aさんの「若手だから」「女性だから」といった属性に基づくものではないか、別の可能性はないか(例:別の業務で忙殺されている、発言しにくい雰囲気がある)と問い直すことで、自身の偏見に気づきやすくなります。
日報や週報のコメント、部下へのフィードバックなどを発信する前に、「これは事実に基づいているか、それとも私の解釈や憶測が混じっているか」を意識的に見直す習慣をつけましょう。
3. 勇気を持って「不快」を表明・受容する環境づくり
心理的安全性の高いチームでは、メンバーが不快感や懸念を率直に表明できる環境があります。マネージャー自身がそのロールモデルとなることが重要です。
- マネージャーからの自己開示例:
- 「先ほどの私の発言は〇〇という意図でしたが、もしかすると〇〇さんの立場からすると、少し異なる受け取り方をされたかもしれません。もし不快に感じた点があれば、率直に教えていただけますか。」
- 「私自身も、無意識のうちに決めつけをしてしまうことがあると自覚しています。もし私の言動で気になることがあれば、どんな小さなことでも構いませんので、遠慮なく伝えてください。それがチームをより良くするために必要だと考えています。」
このように、マネージャーが自身の不完全さを認め、対話の姿勢を示すことで、部下も安心して自身の懸念を伝えられるようになります。実際に部下からフィードバックがあった場合は、まず「伝えてくれてありがとう」と感謝の意を伝え、真摯に耳を傾ける姿勢が不可欠です。
まとめ
無意識の差別的言動(マイクロアグレッション)は、悪意がなくてもチームの心理的安全性を損ない、健全なコミュニケーションを妨げる可能性があります。マネージャーとして、自身の言動が持つ無意識の偏見に気づき、それを建設的な対話へと転換する能力は、現代の多様なチームを率いる上で不可欠なスキルです。
本記事でご紹介した「好奇心」「メタ認知」「不快の表明・受容」の勘所を日々のコミュニケーションに取り入れることで、部下との信頼関係を深め、誰もが安心して能力を発揮できる、より共生的な職場環境を築き上げていくことができるでしょう。日々の意識的な実践が、偏見を減らし、関係性を改善する第一歩となります。